12月31日(土) 晴天の東京

大晦日はたいてい空が綺麗な印象があるのは気分的なものかも知れない。吉祥寺も遊びというよりも用事のある人達の方が多くて、どこかで何かを買う為に歩くのでペースがしっかりしてて全体に歩きやすい。普段よりちょっと人が少ないし。そういう余裕だとか、お正月を迎える気持ちだったりなんかが背景にあるので清々しい陽気だった印象が強いのだと思う。

2016年は「結局カネだろ」という結論になる寂しい話が多かった。
スポーツ施設は誰が何のためにどうやって使っていくのかを決めるよりも予算。スポーツイベントをする意味があるのか。それに見合う金額なのか。イメージを壊してしまった芸能人へのペナルティや、イメージ悪くなった芸能人を使うことで発生する損害。売れているグループのゴタゴタもグループで商売している事務所の権力争い。
すべてが経済につながっているから、そうなっても仕方が無いけれど、それはそれ、これはこれで幸せに生きるための工夫はもっともっとしないとならないし、それを今までずっと金でごまかしてきてしまったので、いつまでも金を使わないと維持できないのかも知れない。なんてことを考えて自分の事ではなくてもなんともズッシリ重い気持ちになった。もっと良い環境なのだと錯覚していたけれど、いよいよそうじゃなかった。余裕が出来た時に僕達がやったことは幸せになる為の活動じゃなくて浪費だったのかも知れない。

来年もそこそこ面白い年になるように祈っている。良い一年にしよう。

2016年の音楽

今年で3年目
自分の記録として面白いのでこれだけの為にブログを続けても良いとまで思ったりする。順不同。

ゲスの極み乙女。 – シアワセ林檎


結果的にバンド名が仇になってしまった人達。
ミュージシャンに人格を求めてはいけない、なんてことはどうでも良くてテレビで取り上げるものは一律すべて芸能みたいな状況に巻き込まれ、そんな中でもなんとか次のアルバムまで準備したけど結局流れてしまった。残念。
制作環境というのは機材や予算だけでなく精神状態も入ってくるわけで、やっぱり影響出てるよね、だってそんなに面白くないものという感想。それでも200万再生。作品の良し悪しで伸びてきた人達がテレビの話題だけで数字を出すというのも皮肉な話ではある。
あと吉祥寺の街の風景が出てくる。

チャラン・ポ・ランタン – 進め、たまに逃げても


流行したドラマのオープニング。
エンディングはダンスも含めてあっちこっちで取り上げられた割にオープニングはきっちりAメロで終わっている。本人たちも空気だなんて自虐をしているけど、それでも100万再生。テレビの影響はすごい。
Aメロだけでも印象的なボーカルとアコーディオンの構成がよく出来ていて、ドラマのコンテクストに組み込まれなくても平気な強度がしっかりある。
字幕のフォントがゲスと同じなのに印象が全然変わるというのも興味深い。

METAFIVE – Maisie’s Avenue


YMOとDeeLiteと電気グルーヴとフリッパーズ・ギター+α。いわゆるスーパーバンドだけどそれをもてはやすテレビが殆どなかったというのが印象的。再生数はチャラン・ポ・ランタンの半分以下。
クールな音になりやすいメンバーの中で+αのレオ今井の存在が効いていて、ダイナミックさやエモーショナルさが加わることでより音の彩りが鮮明になっている。英語で歌われるこの曲のモチーフは明治通りで、レオ今井ならではの国籍不明な感性が光っている。雨が降ってるイメージがある。

にゃんぞぬデシ – ハッピーエンド建設中


ここから一気に再生数が少なくなる。よくわからない女子高生。名前がまず覚えにくい。
人となりとは関係なくただ聴いておおってなるのが音楽の魅力。この先どうなるか分からないけど、それを見てみたいと思う。どうかキャラクターで売るようになったりしないで欲しいとは思う。

フレンズ – 夜にダンス


ツインボーカル。
しっかりした女性ボーカルに不安定に聞こえなくもない男性ボーカルが混じるバランスが面白い。元々上手いおかもとえみの声がより光る。

蓮沼執太 – RAW TOWN


不思議な歌もの。
大きな音で聴かなくても楽しめる不思議な曲。静かな部屋で時計の音だけが聞こえるような、そんな歌。

Someday’s Gone – Say No More


栃木のバンド。
以前は英語詩の曲をやっていると洋楽志向とかそんな謳い文句がついたりしたものだけど、別にどうってことなくなったんだなあ、違和感なくなったんだなあと思う。そういうのとは関係なくサビのスケール感はグッとくる。何を言っているわからなくたって音楽は分かる。

ONIGAWARA – シャッターチャンス’93


元竹内電気。
何周目かの渋谷系パロディは、沢山の直視できない人と、真正面から見て笑う人、そしてほんのちょっとの良い曲だと思って聴く人くらいの分布になっている。自分はきっと笑う人の分類。渋谷系自体がパロディみたいなものだから、そこに自己を投影したって仕方がない。こういう無限のスパイラルをゲラゲラ笑うのが正解だと思う。

JYOCHO – 太陽と暮らしてきた


元宇宙コンビニの新ユニット。
相変わらずのギターテクニックをベースにした浮遊感のある音楽。調和のとれた構成は音数が多い割に整然とした印象がある。速度のある音楽とはまた違った爽快感がある。

world’s end girlfriend – Crystal Chrysalis


クールジャパンとは無関係に存在する日本の宝。
美しいものを感情の赴くままに無茶苦茶にしてしまって後悔するような音楽。どうやって撮ったか分からないグロテスクな映像は音楽が想起させるこの世界の美しさ儚さと抗えない死への畏怖、逆らえない時間の流れを表現していて、どうするとこういう表現ができるのか怖くなるくらい。

Natsu Summer – トロピカル・ウィンター


シティ・ポップ流れのラヴァーズロック。今更感が少しも無い所が新鮮。
音楽に沢山のことを求めず、楽しい気分や空間を作り出す一部くらいの存在で十分に意味があると思う。音楽の趣味としてこういうのが少しずつ沢山あるルヴァンパーティーみたいな社会になるといいなあ。

2017年もいい音楽を。

12月24日(土) 三連休中日

来年の干支が酉なので井の頭公園は企画もりだくさん。
動物にとってはカレンダーはそんなに関係ないだろうけど、係のみなさんはおつかれさまです。

「クリスマス」が消費イベントとして歳末大売り出しなんかの一部だったのは随分前からだったと想像はするけれど、クリスマスイブに彼女と気取ったデートをして高価なプレゼントをするなんてイベントになったのはバブル直前くらいからだったのだと思う。こうやって文字にするとなんでそれがクリスマスイブなのかは良くわからないし、当時もよくわからなかった。ただそういう社会の空気があったし、それに疑問を呈するのは一種カウンターカルチャー的なものだったりして、日本人が大好きな同調圧力と経済効果が丁度いい具合に重なったんだなあ、なんて思ったりする。景気も悪くなかったしパーッと行ってみようという空気があったのだろう。
ロマンティックな気持ちになろうという欲求は分かるけど、それが結構あっさり経済活動につながっていたように見えるのが、エコノミックアニマルだなんて揶揄されてたけど、まさにそのまんまだな、なんて思ったりはする。
今がそんな感じで無いのは不景気だからだと思っている人も中にはいるかも知れないけど、きっとそういうことじゃない。「サン・ジョルディの日は大切な人と過ごそう」なんて掛け声が通らないのと一緒だ。そもそもちょっと無理がある。
ただ過去のそういう風潮の傷を引きずってしまっている人も大勢いて、そういうのもまたバブルの爪痕と言えるのかも知れない。どういう風に生きて、どういう風に幸せになりたいか、経済的に調子が良かった時に考えられないまま散財してしまって今があると思っている。

お正月に動物園に行くのも楽しそうだ。

12月23日(金) 紅葉はまだ続く

井の頭公園の脇の吉祥寺通りの景色。赤い落葉がきれいで驚いた。
近い場所とはいえ住むところが変われば通る道も変わるわけで、今までも通っていたけれど頻繁に通るようになって見え方が変わるなんてことを体験する。

ある世代から以降はクリスマスが別格なイベントで無くなっているような気がする。消費が低迷してハロウィンとか他にも似たような消費イベントが増えたことで、年末の忙しない時期にある、昔は大騒ぎだったとされるイベント。恋人と一緒に思い出を作る大切な夜、みたいな感覚が日本社会全体に残っているかというと、もうきっとそんなじゃない気がする。そういう時代が一時期あっただけ、くらいの割合になっていくのだろう。

12月22日(木) 風のなまあたたかさ

雨っぽいだけなら特別なんてことは無かったのだけど気温が高くて風もなまあたたくて、なんだか蒸した。あちこちで火事が起きて大変なことになったり、夜はざあざあ降りになったり年末とは無関係に大変な日だった。

人間だって動物なわけで気候に左右されることはあるわけで、こうおかしな感じが続くとやっぱりどこか調子が狂う。明日から三連休だし、もうすぐお正月だってことも相まって眠くないようなずっと寝ていられるようなザワザワした感じだ。

吉祥寺通り沿いに新しいハワイっぽいお店ができるのだけど、地図がいせやを指していてちょっと面白い。

GIOVANNI’S JAPAN
http://giovannisjapan.com/
住所:東京都武蔵野市御殿山1-2-1 1階

いせやの隣の以前はサッカーショップだった場所だと思うけど、住所的に同じなので結果いせやを指してしまっている様子。八十八夜も心カレーも同じ住所。あの辺一帯は全部いせやを指してしまうのか。

12月20日(火) おでんと逃げ恥

塚田水産でタネを買って事務所でおでんを食べる。忘年会のようなもので、だいたいずっとサッカーの話をした。

急いで片付けて帰宅。「逃げるは恥だが役に立つ」の最終回。
今年のヒットしたドラマの一つ。21世紀に入る前から日本では「国民的」な盛り上がりはもう生まれないのではみたいなことが言われていて、それでもそういう表現をメディアがすることで何となく生まれている気になったりしている。昭和の成功体験と同じ状況はもう作れないかも知れないけれど「興味ない」「何が面白いか分からない」なんていう意見も含めて殆どの人が何かしら知っている状況にちょいちょいなってるわけで、無理に背伸びして「国民的」なんて冠を付けなくても、上手く行ったでいいじゃないかなんて思う。

フジテレビの月曜九時のドラマ、いわゆる「月9」が今ひとつになってそれなりに時間が経っている。バブル期からのブランドは、その成功体験から脱却できないみたいなことを言われることもあるけれど「逃げ恥」には往時の月9にあった「ちょっと現実感はないけど、こういう生活できたら良いな」と感じる場面が沢山あった。新垣結衣と一緒にご飯を食べるのは無理でも、ああいう整然とした室内で誰かと向かい合ってご飯をたべたいとか、ソファーに腰掛けてリラックスしてワインを飲みたいとか、それは他のドラマでもやっていることなんだけど、ストーリーやセットや演者が作り出す映像のショウケースとして、説得力なのか希求力なのか、プレゼンとしてすごく魅力的な作りになっていた。そもそもが現実離れした設定のドラマなわけで、やり方を間違えれば全然ひびいてこない可能性だってあったのを作り手の努力でここまで持ってきている。浮かれていた頃のフジテレビだってきっとそうやって時代と競争していたんじゃないかと思った。いくら新垣結衣が美人でもふわふわのニット着て食事を作っていたら、洋服に油がはねてベトベトしてそうだし、食事にだって繊維が混じってそうだと思うのだけど、それを超える何かがテレビ画面にあった。
カインとアベルにはなかった。

12月18日(日) 年末が近づく

クリスマスや年末の近づいた日曜日の吉祥寺でもちょっと道や場所を変えると人がすくなくて快適だ。今日は日向が暖かい。

キラリナの屋上も相変わらずで、冬の枯れた芝を眺めて一息つける。

夜、テレビでクラブワールドカップの決勝。
今まで日本のサッカーは世界から学ぶ、どうやって追いつくか、という姿勢で「簡単に飛び込むとかわされるから距離をとって守る」「フィジカルやテクニックで勝てないから数的有利を作る」みたいな、対等でないところからのスタートだった。気づけばそういう時代は終わりで「国や人種が違うから細かい部分で違いはあるけど概ね対等」な状態になったんだなあとしみじみ思う。国際経験が無いから、世界を知っているから、みたいなのだってどうでもいい、日本でだってやればできるところまで来ている、あとはこれからどうするか。そういう意味ですごくワクワクした。

今年はゲスの極み乙女。が駄目になって「音楽はテレビを中心とした芸能の一部」みたいな切ない状況があったわけで、そう思うと明石家さんまとジャニーズを引っ張り出してても、それがどうでも良くなるサッカーという文化はたくましいなあと感じた。明石家さんまがいくらレアルマドリードの選手に失礼なことをしても、テレビ局は次にレアルマドリードと仕事をする機会より、圧倒的にさんまと仕事をすることが多い。そうなると局所的にサッカーよりもサッカー芸人の方が大事になる。だけど、そういうことさえ別にどうでも良いと感じられるサッカーの気持ちを揺さぶる力が頼もしかった。

12月15日(木) 銀行関係は吉祥寺の方が便利

三鷹の土地勘がまだあまり無いというのもあるけれど銀行や郵便局は吉祥寺の方が場所も移動も楽だ。
飲食店などは入れ替わりが激しいけれど、銀行は合併で名前が変わっても店舗自体が無くなることは殆どない。UFJだったところがユニクロになったくらいで郵政民営化しても郵便局は減らなかったし。
どこに何があって、どういう道を通って行く、なんてことがイメージできるのも慣れがあってこそで、三鷹でも少しずつ出来るようになっていくのだろけど、当分は吉祥寺で済ませるような気がする。

12月13日(火) 井の頭公園周辺にずっといる

井の頭公園には大きなグラウンドもあって、のんびりランニングしていたり、部活動で本気で運動したり、犬の散歩をしたりと色々な人がいる。ボールを蹴っても問題なし。けっこう自由なのはそこまで人が来ないからかも知れない。休日、池からこっちに来る流れも、ジブリ美術館からの流れも特にない。テニスコートも野球場も隣接している。

気づけば仕事で他所まで遠出することはあっても、武蔵野市と三鷹市、もっといえば井の頭公園を中心にして周辺数キロくらいの所をずっとぐるぐるしているような気がする。徒歩圏で快適に暮らすことが幸せだと感じているのでそれで十分だ。そういう暮らしをしたいのであれば吉祥寺は本当に住みよいところだ。

12月9日(金) 深川優個展と瑞穂の大福餅

シェアオフィスの同居人であるイラストレーター深川優さんの個展をのぞきに原宿のギャラリールモンドまで行ってみた。
そうだ差し入れをしようと思い、明治通りを渡った先にある瑞穂で大福を買う。金曜日とはいえ平日だしお昼前だからさすがに買えるだろうと思ったら行列していた。人気店だ。

瑞穂

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どうも三大豆大福の一つなんて言われているらしく、そんな風な取り上げられ方をされたら、そりゃあ並んじゃうよね、とは思う。確かに美味しいけど。

金曜日の昼早い時間だったので深川さんは在廊しておらず、差し入れは持ち帰ってシェアオフィスで食べた。
個展は今度の日曜日まで。

12月8日(木) 吉祥寺に映画館ができる、らしい

前はスタバで今はペットショップになっているHONDAビルはバウスシアターがあった時はバウスの広告を出していた。今は他の映画の情報をだしている。PARKSは井の頭公園を題材にしたもので、井の頭公園が来年で100周年というのも関係している様子。地元の映画ということ。

HONDAビルからプチロードを進んだ先の、この前までパテスリー吉祥寺だったところが映画館になるみたい。大きさから考えると渋谷のアップリンクみたいな感じだと思うのだけど、さらっとレイトショーをやるような地味な場所になって欲しい。1年で収益あげようとか、そういう風に考えるときっと大変だし、文化ということを考えるのであればまず最初にあるのは継続だ。バウスだって継続したかったのが出来なかったし、そこの場所はここ数年ずっと継続できない店舗が続いているのだから。

映画をとりまく状況として面白いなあと思うのは、映画が持つ文化的な側面、特に今までの積み上げ、歴史を大切にする人達が地味に大勢いるということだ。一種ノスタルジーと言ってもいいし、きつい言葉を使えば老害とも言える。そういう人達が今までを支えてきたことにはリスペクトするけれど、でも皆が生きている社会には沢山の娯楽があって、その中の一つとして存在する映画、くらいのライトな感覚の人達が二の足を踏んでしまうような、そういう領域が映画には存在する。でもそれではなかなか商売としては成り立たないし継続できなくないか?みたいな部分を「文化だから」という太文字の言葉で頑張って打ち消すみたいな作業は、それはそれで全然アリなんだけど、それで生き残れる道のような部分を、世間の理解が無いと嘆いったって構わないから、その一方でとにかく頑張って続けていこうとする姿勢は大事なんじゃないかなあと思う。そりゃあ儲かった方がいいだろうし、吉祥寺という場所の家賃を考えると儲からなくても良いじゃないかでは済まないとは思うけれど、それでも分かって映画館を作るのであれば、それも含めた覚悟をどうかよろしくお願いします。

12月6日(火) 都立井の頭恩賜公園

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ちょっとした公園みたいな感じで銘板貼ってある井の頭公園の入り口。土日でもあんまり人がいなくてとても快適な場所だ。

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一般に井の頭公園というと思い浮かべる人が多い池のところは落葉がびっしりで、それでもまだまだ紅葉は残っている。井の頭公園はとても広い。

12月4日(日) 紅葉とポケモンとカレー

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井の頭公園のこの辺はポケストップが3つ重なっていて、ポケモンGOがはじまったばかりの時は人が沢山で、お茶屋の人も大変そうだった。お茶屋のカレーはその当時、ピース又吉さんオススメで、その後、モヤモヤさまぁ~ずでも取り上げたので、又吉、モヤさま、ポケモンのトリプルスリー状態だった。

今でもまだポケモンGOやっている人はそこそこいるのだけど、それにプラスして紅葉も綺麗なものだから、スマホでゲームしている人と写真撮ってる人が混在した風景になっている。