誰も興味なさそな曲を今日も爆音で流すわ2019-08-12
合法的に音楽をブログへ載せることが出来るようになったことは、Youtubeが普及してグレーだったりブラックなアップロードでも埋め込めた時期があるから分かりにくいけれど、実は結構すごいことなのかも知れない。ネットで音楽を聴くのはダウンロードありきだった時代から考えると無料で聴けてしまうという時点で不思議な感覚だ。余計な心配をしてしまう。
他人の目なんて関係ない、自分の思うままにできて今日も最高だという歌は、元々だいぶ尖った存在の人がそういうことを堂々と歌い上げると、説得力がありつつもこういう人だって色々やっていてそんなことを意識することもあるんだろうな、なんてことを思う。
配信遅れて大変申し訳ありません
今日の田中です。 pic.twitter.com/09lI0INTDy— 有吉弘行 (@ariyoshihiroiki) August 10, 2019
他人の投稿記事の引用はテキストのコピペやリンクだけじゃなくなって、今ではSNSを埋め込むことも特に目新しくない。
有吉弘行がよく遅れてすみませんと書いているのは、そもそも誰に向けてやっているのか分からない事への揶揄だと思うけれど、実際ブログやSNSで更新が途絶えがちで謝っているテキストは、著名人でなければほぼ自分に向けての言い訳みたいなものだ。それがどこか面白い。
会社勤めをやめて独立して、予定がなければ外出しなくてもよくなって、気晴らしの散歩ついでに始めたホームページがブログの登場やSNSなどを経て現在に至っている。アフェリエイト広告とかSEOやアクセス分析ツールのお試しに使ったり、記事を見たところからミリメーターにラジオ出演のオファーが来たり、関根さんの本が少し売れたり、ちょっとした不思議なことが起きたりしてそれはそれで楽しい。
ただ、いかんせんSNSの普及でなかなか手が進まなくなってきた。ツイッターでもインスタグラムでもフェイスブックでもスマホで全部完結するし簡単で楽ちんだ。サービスが終わってデータが全部消えたりなんてことも今のところ無い。Google+で一生懸命やっていた人は大変だったかも知れないし、ブログサービスも沢山終了しているから、そういうデメリットはあるにせよ、手軽であることはとにかく魅力だ。すぐできてやった気になる。スマホの中でみるだけなのでヘタクソな写真もそれなりに見えなくも無い。
とはいえ長く続けて他にも色々なサービスを使って気づいたのは、ただただ思いつきを誰に見せるわけでも無く書きなぐって後から自分で見るというのは楽しいということだ。
ずっと吉祥寺周辺をフラフラしていて、代わり映えしない写真ばっかり撮ってるなと感じることもあるけど、時間が経つとそれが昔の吉祥寺の風景になるわけで、その為にやることはないにしても、今の風景は実は今しかないと思うと日々同じようなことをしているかもだけど、それはそれで面白い。
吉祥寺は相変わらず移り変わりが激しくて長く続かない店とずっと続いているところがゴチャゴチャしている。SNSで最新情報を投稿する人たちはそれなりに注目を集めているし、それはそれで価値はあるけれど、そういうのも長くすると飽きてきたり、あーそのパターンかな?みたいな言葉にできない吉祥寺あるあるが面白かったする。今になって吉祥寺駅のジョージはきれい好きの写真撮っておけばと思うように、別にこれずっとあるでしょと考えてさえないようなものが変わってしまうこともあるかも知れない。
ということで、これからも適当なことを書こうと思った次第。