6月30日(月)

6月30日(月)

吉祥寺は、エスニック料理の店が普及とともに数が少し減っていて、ビストロだとかバルなんかの洋風居酒屋が増えた。
その一方で飲食店の総数は減っていて、その分、マッサージや指圧、ヨガ、ネイルサロンなんかが増えていることに気づく。
外食よりも性別を選ぶお店が増えているということで、街の雰囲気のバランスが変わったり、逆に変わらないような調整が起きているのかも知れない。

6月27日(金)

6月27日(金)

6月24日(火)

6月24日(火)

午後から雷雨。三鷹では雹が降ったらしい。吉祥寺はそこまでじゃなかった。
夕方になって雨足が弱くなった時を見計らって帰る。

6月24日(火)

6月23日(月)

6月23日(月)

ディスクユニオンの看板が無くなった風景も随分慣れた。香水屋の所はたい焼きなんかを売ってたと思うのだけど、それを言うなら靴屋のところは三浦屋だったし、コピスの地下が前どんなだったか思い出せない。

F&Fの頃からあったケーキのオオサワは、コピスのお店を閉めて、元々あった三鷹の店舗を改装中。今、工事していて夏にリニューアルするらしい。場所#4からも近くて、簡単に言えば井の頭公園からちょっと行ったところなので、どうなるか楽しみだったりする。

ファミリープラザの地下の美とんでとんかつ定食を食べた。

6月22日(日)

6月22日(日)

午前中は雨だった。

エスニック料理は外食の定番と言ってもいいとは思うし、吉祥寺にも沢山のお店がある。
とはいえ、一時期に比べたらビストロなんて言われる風なお店が増えたりしていて、前より数が減っているこに気づく。
こういうのは流行り廃りがある、なんていうけれどタイ料理のお店が100年前からあるかって言われたら、きっと殆どなくて、トムヤムクンだとかパクチーだとかの味や匂いが苦手、なんていう自己紹介が普及したのはここ20年ちょっとくらいなんじゃないか、なんて思うと、20年くらい続いているタイ料理のお店は、もう老舗と呼んでも良いのでは無いだろうか。

七井橋通りのミス・サイゴンは無くなってしまった一方で、ペッパーカフェは公園の中にあるお店の方がメジャーで平日ランチでも行列が出来たりしている。

スコータイでカレーを食べた。

6月19日(木)

6月19日(木)

あまちゃんで大吉のセリフに「100円ショップが潰れたら街は終わりだ」というのがある。過疎の町の現状を表現しているものだ。

状況は違うだろうけれど、コスモビルにあった100円ショップが女性限定のプリクラコーナーに変わっていた。前の100円ショップも心配だったが、その後に入ったのがプリクラというのが更に不安感を醸し出している。

コスモビルといえば李朝園かサイゼリアかファーストキッチンか、みたいなイメージが強いし、それ以外にも色んなお店が入っているけれど、今更そんなにクローズアップされない、という意味では吉祥寺っぽいとは思う。隣のレンガ館もそうだ。

ここでいう吉祥寺っぽさというのは、一般的な住みたい街吉祥寺に含まれるようなもので無いのだろけれど、イマイチ都会的になりきれない賑やかさのような、元来の吉祥寺の良さみたいなもので、結局それがあるから住みたい街の説得力になっていたりするのかも知れない、なんていう分かったような、そうで無いような感じではある。

あと、まぐろ人が南口にまた店を出すらしい。

6月15日(日)

6月15日(日)

先週一週間かけて変則的な夜型に移行してワールドカップモードになっている。
フリーランスとはいえ、お客さんは9時5時の会社なことが多いのでその辺の備えをまるっきり無視するわけには行かない。

日本国内のワールドカップは日本代表が敗退するまでの大会とそのあとの大会で分かれていて、後半の大会を寝不足になってまで見る人というのは、まだ僅かにマイノリティな感じがある。昔は大会そのものがそうだった。

サッカーに興味ある人にしか興味の無かった大会だった、という言い方は嫌味があるのは確かなのだけど、そりゃあ商売を考えたらもっとオープンマインドにならないとね、といったバランスが逆に振れて、興味ない人にも見てもらう為、アイドルをゲストに、みたいな風に考えてしまうのはどうなのか?みたいな考え方は動員の少ないイベントでもあったりしておかしくない。
動員が多い方が盛り上がった感じもするけれど、枯れ木も山のにぎわいなんて言葉もある。

6月4日(水)

6月4日(水)

井の頭公園の池で何か作業をしていた。桜の木が水面についている部分を囲っていた。

井の頭の作業場に通うようになっておよそ一ヶ月経った。
作業場に行かない日もあるけど、当然のことながら井の頭公園方面に行くことが圧倒的に増えた。
吉祥寺は小さい街だけど、さすがに橋を越えた向こうに行くとサンロードは少し遠いところに思える。
人間の行動半径の問題と、移動手段の問題が絡み合ってるような気がする。池が無かったらその感覚はまたもう少し違ったものになると思うけど、池が無い井の頭公園という存在はきっと他にも色々なことに影響するんじゃないかなと思った。かいぼりするならいっそ橋以外のところも歩いて通れるようにしたら面白いのに、とか。

6月3日(火)

6月3日(火)

吉祥寺が文化的な土地みたいな言い方をされることがあるのに若干の違和感がある。

たぶん他と比較して、文化的な仕事と一般に思われるような人がそれなりに住んでいるし、住みやすい場所であることは確かだと思うのだけど、じゃあその人達の文化的な面の根っこにあるものを支える存在として吉祥寺があるのだろうか?という部分。オシャレなフラワーショップの店内では花を種から育てていませんよ、みたいな感じか?違うか。

江戸しぐさと言われるものが捏造である。なんていう論争があったりするけれど、江戸時代というのは150年くらい前なわけで、その頃の文化があったなかったで騒ぎになったりするということは、ここ数十年の文化が続かなくたって、残念だけど仕方がないよねぇ、と思っても普通なのかも知れないし、そこに意固地になるよりも、じゃあ守りたい文化をこれからも続けていきましょうよ、という風に考える方がなんだか西洋風な気もするけど良いんじゃないかなぁなんて。
150年くらい前に江戸時代が終わって陶器を輸出する時に浮世絵を無料の包み紙にしちゃってたわけだし。

6月3日(火)

もっとフワッと捉えられないような物事を大掴みに存在だけ何となく固定する便利な言葉として「文化」は使われるべきだし、集合する旗印に書かれる言葉なんかじゃなくて、あの集まりは今思えば文化ってヤツだったのかもねぇと思うものだと思っている。

6月1日(日)

6月1日(日)

まだ梅雨入り前なのに夏みたいな暑さ。季節感とか風情だとかではなく、環境に合わせて成立する生活に影響が出てきてるレベル。

火事で燃えてしまった松本平太郎のところは解体してしまうようだ。
貼り紙に書いてあったけれど、裏の駐車場のタバコの火が原因だったようで、文化を守れだとか住みたい街だとか言っても燃えちゃったら無くなるんだなぁという当たり前な感想。タバコがダメだとかちっとも思わないけれど、火事で簡単に無かったことになってしまうようなものに、ああだこうだと言ったりお金が動いたり、場合によっては人生左右されたりするんだよなぁ、なんて思ったりする。

ハモニカ横丁はかなり防火を気にしているみたいだけど、燃えて無くなって困るところはハモニカ横丁だけじゃない。